理学療法士の海馬

新人理学療法士だった僕に伝えたいこと

アルブミンは栄養指標ではない

 

栄養評価における歴史的利用

 血清アルブミンは,栄養評価の重要な指標として,Blackburnらによって1977年に発表された古典的な出版物である「Nutritional and Metabolic Assessment of the Hospitalized Patient」で初めて記述された.著者らは,血清アルブミンは,罹患率や死亡率に影響を及ぼす栄養失調の評価に使用できることを示唆した. 

 

 1979年,研究者たちは,即時的な栄養評価として,血清アルブミンの使用を推奨するようになる (Seltzer MH, J Parenter Enteral Nutr, 1979 Seltzer MH, J Parenter Enteral Nutr, 1981) .こうして,血清アルブミンとトランスフェリンは,臨床での栄養評価の標準的な指標となった (Hooley RA, J Am Diet Assoc, 1980 Grant JP, Surg Clin North Am, 1981)

 

 アルブミン半減期20日,トランスフェリンは半減期が8日と長いことが問題であったが.プレアルブミン半減期が2日未満と短いため,より感度の高い栄養指標とされるようになった.1996年には,血清プレアルブミンが血清アルブミンと比較して,栄養状態のより感度の高い測定値であると報告されている (Mears E, Nutrition, 1996)

 

 こうして,プレアルブミンは,栄養状態を評価するだけではなく,栄養療法への反応を評価するために好ましい指標であると強調されるようになった (Bernstein L, Nutrition, 1995)

 

栄養状態と関連しないアルブミン

 健康な患者の血清アルブミンおよびプレアルブミンは,6週間以上の飢餓状態を経て,BMIが12未満になるまで低下しない (Lee JL, Am J Med, 2015) .同様のことは,高齢者患者でも報告されている (Bouillanne O, Nutrition, 2011)

 

 がんの初期診断時に,45人の小児の栄養状態を評価した研究では,患者の49%が栄養不良であったが,血清アルブミン,プレアルブミンのいずれとも関係がなかった (Gurlek-Gokcebay D, Pediatric Hematol Oncol, 2015)

 

 血清アルブミンおよびプレアルブミンは,栄養摂取量と相関が低いことがしられており,また,食事摂取量の変化は内臓タンパク質との相関が低いことが知られている (Davis CJ, J Parenter Enteral Nutr, 2012 Yeh DD, Nutr Clin Pract, 2018)

 

炎症とアルブミンの関係

 アルブミンをはじめとする内臓タンパク濃度の低下が,栄養不良を反映したものではなく,炎症反応の結果であることを認識しなければならない.

炎症による肝臓でのタンパク質合成の優先順位変更

 急性疾患や慢性疾患による炎症反応では,サイトカインの媒介によるタンパク質濃度の変化が引き起こされる.炎症反応中,血清濃度が上昇するか下降するかによって,タンパク質は2つに分類される.血中濃度が上昇するものをpositive acute-phase proteinsといい,補体因子,凝固・線溶に関与する様々な蛋白質 (CRP) が含まれる.血中濃度が下降するものをnegative acute-phase proteinsといい、血清アルブミン、血清プレアルブミン,トランスフェリンなどの内臓タンパク質が挙げられる (Gabay C, New Engl J Med, 1999) .これは,炎症により,肝臓でのタンパク質合成の優先順位が変更されることによる.

 

 positive acute-phase proteins であるCRPは,炎症の促進と抗炎症の両方において様々な役割を持つことが示されている (Gabay C, New Engl J Med, 1999) .一方で,アルブミンなどのnegative acute-phase proteinsは,急性炎症における生体防御において必要不可欠ではないことを示すものであると理論化されている (JeVenn AK, The ASPEN Adult Nutrition Support Core Curriculum. 3rd ed, ASPEN, 2017)

 

 しかし,血漿中の分画アルブミン合成速度(必ずしも全身ではないが)が急性炎症中に実際に増加することも示唆されているため,今後も検討が必要な事項である (Soeters PB, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2019)

 

炎症による毛細血管透過性の増大

 急性炎症時の血清アルブミン低下には,もう一つ重要な理由が存在する.炎症反応により生じる毛細血管透過性の増大が,アルブミンが血管から間質へ移動することにつながるのである (Soeters PB, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2019 Jensen GL, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2009)

 

 このアルブミンの再分配には,機能的な利点がある.アルブミンは,主要な細胞外抗酸化物質 (Soeters PB, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2019) のため,間質でのアルブミン量が増加すると,間質での抗酸化作用の増加につながる.

 

炎症による異化の亢進

 炎症の急性期反応における内臓タンパク質(特に血清アルブミン)の濃度低下のもう一つの機序として提案されているのは,組織の異化が増加していることである (Kim S, Am Surg, 2017)

 

 この分解の促進は,血清アルブミン半減期の減少につながる可能性がある (Soeters PB, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2019)

 

その他

 他の血清アルブミン濃度の低下に寄与する要因としては,腎および消化管の損失が考えられる (Soeters PB, JPEN J Parenter Enteral Nutr, 2019 Kim S, Am Surg, 2017)

 

アルブミン血症による弊害

 血管内空間で低アルブミン血症が起こると,浮腫が発生する.低アルブミン血漿に関連する間質性浮腫は,組織損傷,損傷治癒の遅延,消化管機能の障害,呼吸器ガス交換の障害,移動性の障害により,長い入院と機能的転帰の低下につながる可能性がある (Mendez CM, Nutr Clin Pract, 2005)

 

栄養状態の指標としての内臓タンパク質

 血清アルブミンおよびプレアルブミンは,栄養マーカーとして誤って使用され続けている.炎症と栄養不良との間に強い関連性があるため,内臓タンパク質は患者の現在の栄養状態を具体的に反映しているわけではないが,患者の有害転帰とよく相関しているのだ (Loftus TJ, Nutr Clin Pract, 2019)

 

手術リスクの指標としてのアルブミン

 血清アルブミンは,歴史的に手術リスクの指標として確立されている.いくつかの手術ガイドラインでは,栄養サポートのための時間を確保するために手術を遅らせることを推奨している (Weimann A, Clin Nutr, 2017) .血清アルブミンが3.5g/dL未満の場合は,術後死亡率の増加と関連している (Khuri SF, J Am Coll Surg, 1997) .血清プレアルブミン値が10mg/dL未満の場合は,遊離皮弁手術後の合併症の増加と関連している (Shum J, J Oral Maxillofac Surg, 2014) .血清プレアルブミンの低値は,皮膚移植後の成績不良とも関連している (Moghazy AM, Burns, 2010) .大規模な退役軍人のデータベースでは,血清アルブミン値の低さが,手術の罹患率と死亡率に関連していることが確認されている (Gibbs J, Arch Surg, 1999).特に手術部位の感染は,低アルブミン血症と関連していた (Gibbs J, Arch Surg, 1999).手術の延期とタンパク質補給(または非経口栄養)の開始は,バイオマーカーの改善と臨床転帰の改善と関連していた (Fleming FJ, Int J Colorectal Dis, 2009) .European Society for Clinical Nutrition and Metabolismは、血清アルブミン値が3 g/dL未満の場合は手術を遅らせることを推奨している (Weimann A, Clin Nutr, 2017)

 

 歴史的には栄養状態が重視されてきたが,手術を遅らせて十分な栄養サポートを受けながら炎症を解消できるようにすることが重要である可能性がある.炎症が活発な状態で手術を必要とする場合には,合併症のリスクの高さを認識し,可能な限り軽減しなければならない.

 

栄養サポートの効果のモニタリングにおける,内臓タンパク質の役割

 栄養介入の効果を評価するための指標としての内臓タンパク質の有用性を評価する研究では,さまざまな結果が得られている.1980年代の研究では,がんや手術患者において,血清プレアルブミンは,血清アルブミンとトランスフェリンを含む他の評価パラメータと比較して,栄養サポートの感度の高い指標であることを実証した (Ota DM, J Surg Oncol, 1985 Winkler MF, J Am Diet Assoc, 1989) .しかし,これらの結果はその後の研究では確認されておらず,実際には炎症が改善したことを示した可能性がある.

 

 2012年,Davisは大規模な都市部の医療センターで栄養サポートの効果をモニタリングする際の血清プレアルブミンの使用を評価した (Davis CJ, J Parenter Enternal Nutr, 2012) .それによると,血清プレアルブミンは炎症とのみ相関し,十分なエネルギーとタンパク質の供給を反映していなかった.Yeh らは経腸栄養を受けている患者でも同様の結果を示している (Yeh DD, Nutr Clin Pract, 2018)

 

 早くから研究されているにもかかわらず,血清プレアルブミンおよびその他の内臓タンパク質は,エネルギーおよびタンパク質摂取の適切な感度の高いマーカーであることは示されておらず,治療上の変化の指針とすべきではない.

 

 しかし,血清アルブミンおよびプレアルブミンは,回復過程のモニタリングにおいては利用価値があるかもしれない.内臓タンパクの正常化は,炎症の解消,栄養リスクの低減,同化への移行,および潜在的な低カロリーとタンパク質の要件を示す可能性がある.

 

栄養評価と有効性のモニタリングのための代替案


 現在,栄養評価のための多くのツールが提案されている.多くには,口腔内摂取障害または体重減少の要素を含んでいる.ほとんどの評価には内臓タンパクを含まないが,2018年にWischmeyerらによって提案された周術期栄養スクリーニングツール (PONS) は例外である (Wischmeyer PE, Anesth and Anal, 2018) .この評価は,手術前の外来患者を評価するように設計されている.PONS以外の評価方法に関しては,入院患者を対象に設計されており,血清アルブミンは含まれていない.しかし,PONSは前向きに検証されてはおらず,血清アルブミン値が手術リスクの優れた指標であることを実証したKhuriらの知見に依存している (Khuri SF, J Am Coll Surg, 1997)

 

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 また,技術の発展は,栄養評価の新境地を示している.筋量の評価には,2重エネルギーX線吸収測定法,生体電気インピーダンス,超音波,CTスキャンが使用されるようになっている.それぞれのツールは選択された集団で有効性が確認されているが、利用可能性、標準化、または関連する臨床集団での有効性など検討の余地はある (Mourtzakis M, Fraility and Sarcopenia in Cirrhosis, 2020).画像診断は、限界が克服されれば、将来的に標準化された栄養評価の「バイオマーカー」として台頭する可能性を秘めている (Sheean P, J Parenter Enteral Nutr, 2020).しかし栄養の有効性は,未だに測定が困難なパラメーターである.

 

The Use of Visceral Proteins as Nutrition Markers: An
ASPEN Position Paper